80年代の北京(5)

当時は日本との貨幣価値が大きく違うので、
北京では我々でも何でも安かった。
日本円を両替すると、
外国人用の「兌換券」というお金で帰ってきた。
一般の中国人は通常の「人民元」を使い、
我々がものを買うと、
お釣りによってようやく「人民元」を手にできた。
他に、ちょっとした軽食を買おうとすると、
「糧票」という食糧チケットを要求されることもあった。
留学生仲間が10人も集まれば、
当時の庶民には手が届かなかった
「全聚徳」や「北京飯店」で豪華な北京ダックなどを、
我々のような貧乏学生であっても、
1人あたり日本円で600円ほどで食べることが出来た。